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サイプレス上野とロベルト吉野

2007/02/16 | タグ:

サイプレス上野とロベルト吉野
左から、サイプレス上野、ロベルト吉野
Text:OOPS!編集部

 その名前とルックスにみなぎるズルムケたセンスでもって、ヒップホップをエンターテインする1MC&1DJ、サイプレス上野とロベルト吉野。彼らのライヴを初めて見た時は本当に衝撃を受けた。酒を吹き、ビヨンセを擦り、メタルをスピンして大暴れ……邪道スレスレの一挙手一投足は、同時にむちゃくちゃヒップホップ・イズムを体現している。しかもそれらを娯楽ショーに仕立て上げるクレバーな構成力。コアなB-BOYも、ラップ門外漢も、まとめてロックするその手腕において、いま彼らの右に出る者はいないだろう。

 そんな圧倒的なステージングを武器に全国各地を巡業し続けてきた彼らも、結成から早7年。満を持し過ぎの中、やっとこさ届けてくれた初のフル・アルバム『ドリーム』は、待ち焦がれていた多くのリスナーの期待に余裕で応える素晴らしい一枚となった。ライヴで見せる勢いはそのままに、多彩なビートと緻密な構成で作品としての高い完成度も実現。しかも冒頭2分に彼らの魅力を詰め込む試聴対応の親切設計。とにかく一度聴いてみて欲しいし、聴けば分かる。でもこのインタビューを読んでも分かるはず。サ上とロ吉、WEB最長(たぶん)のトーク・セッションです。

サイプレス上野とロベルト吉野『ドリーム』
1月26日にリリースされた、サイプレス上野とロベルト吉野のアルバム『ドリーム』

●木刀を持ってお客さんを追いかけまくったりしてたんです

サイプレス上野とロベルト吉野

――2002年くらいに初めてライヴを観たんですけれど、そのときから今のライヴと同じようなスタイルでやられていて。完成されているなという印象を持っていたんです。そこに至るまでの経緯をお伺いできますか。

上野 試行錯誤は結構しましたね。最初は吉野に無理矢理仮面を付けさせていたんです。ちょうどエミネム(※1)が来日するタイミングだったので、ステージで「さあ、エミネムの登場です」って言いながらエミネム“The Real Slim Shady”の〈プリーズステンダップ、プリーズステンダップ〉って部分をループさせて吉野が出てくる演出をしていて。

吉野 最初はマスクを付けるのが嫌だったんです。でも付けているうちに徐々に気に入ってきて。アイスホッケーのマスクと組み合わせてひたすら顔を隠すようになった(笑)。

――今ステージで付けている、あのトゲが生えてるマスクは見た目が凶暴な感じがしますよね。

吉野 2002年くらいの頃は、まだ冗談っぽく「怖い」とか言われてたんですけれど、最近は「本気で変態っぽい」って言われますね。

上野 〈本気で変態〉っていいね(笑)。吉野にドラムンベースをかけさせて、木刀を持ってお客さんを追いかけまくったりとか、あとは、ジッポオイルを床に撒いて火をつけたりもよくしてました。イエー!って言いながらチャリでクラブに入ったりして。地獄でしたね。俺、あんな奴今みたらぶん殴ってると思う(笑)。まっとうなものを目指していなかった。曲をやるよりも、周りを一泡吹かせることに必死でした。客に対して、見てろよてめーら、みたいな感じで。

吉野 やってみて反応があったら、「よし!」みたいな。

――元々音楽をやりたかったと思うんですけれど、パフォーマンスをやるようになった理由はなんだったんでしょう?

上野 俺は中1くらいからヒップホップがすげー好きだったんですけど、高校を卒業した20歳くらいのときに、ヒップホップのことが嫌いになったんです。もの凄くつまんないと思うようになって。時代的に面白いものが減った時期だったということもあったんですけど、どのイベントも予定調和で面白くないと思うようになった。

――それでイベントを破壊したいと思うようになったんですね。

上野 乗り込んで行ってやるぜ!みたいな気持ちでやってました。そしたら意外と評判がよくて(笑)。あいつら呼んだら、とりあえず面白いらしいぞって事になっちゃって。

吉野 曲が一曲しかないときもあったよね。

上野 ただ面白いレコード持ってるからやりました、みたいなやつね。ひどいときは、一曲未満で終わって、残りは全部面白ネタってこともあった。

サイプレス上野とロベルト吉野

――吉野さんはDJなわけで、そういったパフォーマンスに寄り過ぎることに不満はなかったんですか? 「ちょっと待てよ」みたいな。

吉野 自分の中で消化するべきところは消化できていたんで。いまだにレコードで腹切ったりするし。そういうパフォーマンスは必要というか、消したくない部分なんです。そういうのがあるからこそ、日常生活を普通に送れているというか(笑)。

――確かに、パフォーマンスでアドレナリンが噴出する感じはなんとなく理解できます。でも、あんまり続かないですよね。やっぱり飽きられちゃうし、アイディアを練るのもつらくなってくる。

上野 しばらくやっていたらだんだん疲れてきましたね。それで、「ケガしたら面白いかな~」と思うようになって。新宿イズムの階段で下駄履いたまま〈ごろごろー〉って落ちたら爪が割れて血だらけになったんです。客はめちゃめちゃ引いてるし。そのときに「もうこういうのはやめよっかな」と(笑)。

(※1)エミネム
 ドクター・ドレーに見出された白人ラッパー。99年にドレーがプロデュースしたアルバム『Slim Shardy LP』をリリースし、メジャー・デビュー……という説明が不要なほど巨大なセールス&集客を誇る超セレブ・ラッパー。最新オリジナル・アルバムは04年リリースの『Encore』。左画像はベスト盤『Curtain Call: The Hits』。

●頑張って頭ひねって、人に伝わることを考えないと

サイプレス上野とロベルト吉野

――RAWLIFE(※2)のような異種格闘的なイベントにも沢山出ていますよね。一方でヒップホップのパーティーもやっている。そういう、現場での受け入れられ方の違いは感じます?

上野 最近はヒップホップのイベントに出ても、なんか冷静になってきたよね。上げるときは上げる時の役目っていうか。盛り上がんないときも盛り上がんないなりにこなせるようになってきた。ヒップホップのイベントだと、DJ目的でライヴを観るのが嫌いな客も多いし、そういう客はパフォーマンスに慣れていない。無理に押し付けるのも嫌だし。それが、RAWLIFEだと客もがんがん煽ってくるので、こっちも興奮しすぎて2人ともダイブしちゃったり。最後はステージに誰もいないみたいな(笑)。要するに来る客の層が違いますからね。

――どういう傾向があるんですか?

上野 俺らが出るようなヒップホップのイベントに来ている人でも、RAWLIFEのノリに付いて行けない客も結構いる。逆にRAWLIFEによく来るハウス好きなんかがヒップホップのイベントに来ると「これだけかよ!」って不満を言われることが多い。そういう傾向はありますね。自分たちがどっちでも行ける、なんでも構わない人間だっていうことに気付けたのは大きかったと思います。

――その、どっちでも行けることに気付いたきっかけはなんだったのでしょうか?

上野 それは多分、俺が一回ヒップホップを嫌いになったからかなぁ。外側から見るようになったんです。横浜でイベントを主宰して、300人とか入るようになると、天狗になっちゃうじゃないですか。それで、全く関係のないジャンルのイベントに足を運んでみると、そういうヒップホップのみのイベントのつまらなさが見えてきちゃう。その状態からまたヒップホップに戻ってきたから気付いたんでしょうね。近いところに面白いことをやってる人間が沢山いたし。

――そうやって、いろんな種類のイベントに出ることで誤解を受けることも多いかと思います。「あいつらはリアルじゃない」みたいな。

上野 最近はヒップホップをメインでやっているので、そういう誤解も少なくなってきました。「お前らはパフォーマンス込みだからな」って言うヒップホップ畑の人もいるけど、そういう奴らには、「だからお前らは狭い世界でやることになるんだ」って今なら言い返せる。頑張って頭ひねって、人に伝わることを考えないと。それを認めたがらない奴がすごい多かったから。でも最近は、MSC(※3)みたいな今のヒップホップ・シーンのアイコンみたいな人たちが俺たちのことを上げてくれる。そうしたら半端な立場の奴らは黙っちゃいますよね。そこでわかったでしょ?って。

――音ネタの選び方にも変化があるように思います。

吉野 昔はジャスト・アイス(※4)みたいなミドル(※5)使いにはまっていたんだけれど、最近はT.I.(※6)みたいな新譜を使うようになって。そういうネタを使っていくことで、わかりやすくてキャッチーになりますよね。

上野 ライヴでは海外の新譜とか、ヒットした大ネタをわざとガンガン取り込んでいるんだけれど、ドラム・ブレイクだけで歌う部分も残したりして。キャッチーなんだけれど、コアなヒップホップ・リスナーにも「あいつら全然わかってるじゃん」って言われるようなことはしています。

――なるほど。かなり細かいところまで計算してセルフ・プロデュースされているんですね。あと、ライヴの時に客に嫌がらせっぽいっこともしますよね。“ヒップホップ体操”(※7)なんかは、客が乗ってくるまでずっと同じこと繰り返したりしている(笑)。

サイプレス上野とロベルト吉野

上野 あれはやってるのが楽しいんですよね。こっちの支持どおりに動いている客を見ると、人間ってすぐ動くんだなって。俺の嫌なところが出ているんです。でも、客がノリノリで動き出すと醒めちゃったりして。観客になにを求めているのか自分でも謎なんですけど(笑)。

――今の若い子にヒップホップを啓蒙して行きたい気持ちはあるんですか?

上野 それはやっぱりあります。普段ヒップホップを全く聴かないけど、俺らのライヴは面白いとって言う人もいて。いわゆるJ-POP的なことをやっているわけじゃないから、ようやく自分たちのやり方が伝わりだしたのかなという実感がある。女の子に伝わりやすいことをやるっていう手法もあるんだろうけど、俺たちは嫌がらせ込みでやりたい。合意の上で嫌がらせをしている。一回ヤった女と後で和解した、みたいな(笑)。

――結局、なにをやっても誤解はされちゃいますよね。面白ラップだと思っている人も多いんでしょうけれど、そうじゃないってことがわかっている人がいればそれでいいというか。

上野 そうですね。面白ラップだと思っている人は、俺らのことがわかっているやつらに聞いてくれって感じです。俺たちが説明してもしょうがない。女の子が「面白ラップの~」って寄ってきたら、「はーい、面白なお兄ちゃんですよ~」って笑わせてやるぜ!くらいの余裕はあります。

(※2)RAWLIFE
V.A.『RAW LIFE~Where is Your Child?~』
 04年から開催されている音楽イベント。パンク~ヒップホップ~ハウスが混同したフリーフォームっぷりと、東京アンダーグラウンド・シーンの見本市的な出演アーティストのセレクトで、着実な人気を得ている。05年は千葉の廃屋で、06年は新木場の空き地で行われた。年を増すごとにカオス濃度が高いパーティーと化している。左画像はRAWLIFEのライヴ音源を納めたコンピレーション『RAW LIFE~Where is Your Child?~』。
(※3)MSC
 新宿を拠点に活動するヒップホップ・クルー。新宿という街の状況を生々しく描いたリリックとドープなトラックで、日本のヒップホップ界に衝撃を与え続けている。ハードコアな姿勢が支持され、ヒップホップ・リスナー以外にも大きな影響力を持つ存在。〈BBOY PARK 2002〉のMCバトルで優勝した実績を持つ漢(かん)が所属することでも知られる。左画像は06年のアルバム『新宿 STREET LIFE』。
(※4)ジャスト・アイス
 ピカピカ金歯のイイ顔で知られる、ミドル(※5参照)時代の人気ラッパー。ヒップホップの世界にギャングスタ的な価値観を持ち込んだ最初の男でもある。マントロニクスのプロデュースによる『Back To The Oldschool』(左画像)ほか、多くの名作を発表。06年には20年越しの初来日を果たし、好事家を狂喜させた。サ上とロ吉がライヴで使っているのは87年のクラシック“Cold Gettin' Dumb”。
(※5)ミドル
 ミドルスクール。ヒップホップ勃興期=オールドスクールと、デ・ラ・ソウルらの登場するニュースクールの間の時代を指す。明確な区分はないが、だいたい86年~89年くらいか。サンプリングによる曲作りが一般化した時期であり、ネタ一発によるざっくりとしたワン・ループのサウンドが特徴。アーティストだとエリック・B&ラキム、レーベルだと〈Tuff City〉や〈B-Boy Records〉、プロデューサーだとマーリー・マールが当時の代表格。左画像はエリック・B&ラキムの87年作『Paid in Full』(2CDデラックス・エディション)。
(※6)T.I.
 アトランタ出身のラッパー。01年のデビュー以降、マニー・フレッシュやネプチューンズらのバックアップのもと、着実に実力と人気を伸ばし、今やサウス・シーンを代表する存在となった。06年には4thアルバム『King』(左画像)を発表し、当然のごとく大ヒット。クリスタル・ウォーターズのハウス・クラシック“Gypsy Woman”を使ったシングル・カット“Why You Wanna”も大きな話題を呼んだ。
(※7)“ヒップホップ体操”
 彼らがライヴ中に行う謎の体操タイム。小林克也率いるザ・ナンバーワン・バンドの“最新アメリカ式美容体操(桃を食べよう)”をかけながら、観客に「プチャヘンザ(Put Your Hands Up)」と挙手をしつこく強要する。左画像は“最新アメリカ式美容体操(桃を食べよう)”が収録されたザ・ナンバーワン・バンドの82年作『もも』。

●おしゃれがどうこうとか、そういうの全くわからなかったんですよ

サイプレス上野とロベルト吉野

――じゃあ、アルバムの話を。キャリアも長くてライヴでの評価も高まってきているのに、買えるCDがほぼない状態でしたよね。ちゃんとした形でアルバムがこれまで出ていなかった理由はあるんですか?

上野 ひたすらにやる気がなかったんですね(笑)。集まっても、アルバムに向けて~みたいな話は一切しないで酒を飲んでた。地方にライヴで行って、「アルバムはいつ出るんですか?」って若い子に聞かれると、「今スタジオ入ってるから、春頃には出せる」とかずっと嘘をついてきて。

――吉野さんはアルバムを作らないでなにをしていたんですか? 犬の散歩?

吉野 その頃、はんぺん工場でバイトをやってたんで、割と忙しかったんです。

上野 で、カクバリズム(※8)が7インチを出してくれるって言ってくれて。それを録音したスタジオがすごくよかったんです。『ヨコハマジョーカー EP』(※9)の時はホーム・スタジオだったから。それで一気に意識が変わった。いろんな人からケツ叩かれてようやく動けるようになった感じですね。

――アルバムは、いろんなゲストに提供してもらったからかもしれませんが、トラックがバラエティに富んでいますよね。これだけ感じが違うと、全体像が見えていないと進められないんじゃないかと思うのですが。

上野 先にトラックだけもらっていたんです。それを組み合わせて集めたものを仲間内に聴かせたら、「いいアルバムできそうじゃん」って言われたりして。それで付け上がった(笑)。ゲストは、知り合い以外はナシにして。俺も相手を理解していて、相手も俺のことを理解している人じゃないと無理だと思っていたから。

――PVにもなっている“Bay Dream ~フロム課外授業~”のトラックを作ったラテン・クウォーター(※10)さんの参加は意外でした。空手サイコをやっている人がこういうヒップホップのトラックを作ると思っていなかったので。

上野 俺が働いているディスク・ウェーブ(※11)の店長なんです。店で働く前から知っていて、その前からトラックはもらっていた。レコード売りに行ったら「これ、上野にあげる」って。このトラックは綺麗な音を使ってきらびやかじゃないですか。あの人のエロさが出ている。

――SHINGO☆西成(※12)さんが参加した“音楽遊び”は掛け合いが面白い曲ですね。あれは酔って作ったんですか?

上野 いや、SHINGOさんを前に泥酔は無理です。「やるで」って言われて2人で「ヨー、ヨー」って言い合ってました(笑)。Libra(※13)のニュー・カマーで、かつみんなが尊敬しているSHINGO☆西成を呼んで、ああいうバカバカしいことをしているのが、「Libraとつながりがあるんですか?」って聞いてくるヘッズたちへのメッセージにもなりますよね。上野のアルバムを聴いたらこんなことやってるよみたいな。

――KING3LDK(※14)が参加している“バウンス・祭”は、クラブの入り口でのやりとりが寸劇のような形でイントロに入っている。“LET'S GO 遊ぼうZE”もそうなんですが、普段のクラブで遊んでいる光景がアルバムに入り込んでいるのがいいなと思ったんです。

上野 そうですね。吉野は誘ってもあんまりイベントには来ないんですけどね(笑)。

サイプレス上野とロベルト吉野

吉野 こもり派なんです。最低でも1日何時間かはターンテーブルに触らないと眠れない。俺はバトルDJとは言えないですけど、現役でバトルDJの大会に出ている人は全員そういう意識があると思う。

――歌詞の内容は吉野さん的にはどう思われました?

吉野 “Bay Dream”は、地元の堕落した生活がテーマなんです。あの曲はそういう、バスと電車とガラクタに囲まれた、本当にどうしようもない、行くとこまで行くみたいな生活を歌っていて。最初に聴いたとき泣きましたもん。

――“徘徊ブルース”なんて、ちょんの間の体験談を歌っている。そんなこと歌わなくても……と思ったんですけれど(笑)。アルバムにはそういった、ドリームハイツ(※15)での生活のリアリティや、郊外のブルージーな部分を自虐込みで笑い飛ばすような歌詞が多いですよね。ちょっと湿った感じを明るく見せている。その垢抜けなさがいいと思うんです。

上野 ケツの穴まで見せるつもりでヘルスの歌を歌うことになった。ドリームハイツには、どっかひん曲がってる奴が多いんです。みんな楽天的だけど、曲がっている。大人になるにつれて「ここはちょっとおかしいぞ」ってことに気づきはじめたんだけど(笑)。そういう部分をきちっと出しておかないと恥ずかしいんですよ。地元の友達に「東京出てかっこつけてるんじゃないの?」って言われたくないし。

――でも、実際に変わった部分というのもあるんですよね?

上野 金がないっていうことも理由のひとつなんですけど、おしゃれがどうこうとか、そういうの全くわからなかったんですよ。服を選ぶ基準は〈面白いかどうか〉だった。短パンが超みじけーとか、水玉がでかいとか(笑)。最近はサポートしてくれる服屋があって「身なりをちゃんと綺麗にしなきゃ」って言われていて。世の中には人に見せるために高い服を着る人がいるんだなってことがようやくわかってきました(笑)。

吉野 もんぺ履いてスケボーしたりとかしてたもんね(笑)。

(2007.02.01. 渋谷のカフェにて)

(※8)カクバリズム
サイプレス上野とロベルト吉野“GET MONE¥(借)/契り-外伝-”
 YOUR SONG IS GOOD、MU-STARS、サケロックらを擁する、パンクとヒップホップへの愛に溢れたレーベル。06年末にサイプレス上野とロベルト吉野が7インチ“GET MONE¥(借)/契り-外伝-”(左画像)をリリースした。所属アーティストの作品以外に、イルリメや二階堂和美などの7インチもリリースしている。

(※9)『ヨコハマジョーカー EP』
 04年発表の処女EP。ライヴの締めくくりに繰り出されることの多い横浜賛歌“ヨコハマジョーカー”や、彼らの名を一躍知らしめることになった“女喰ってブギ”のリミックスなど6曲を収録。ジャケット画は『ドリーム』同様、サ上の母、上野明子氏が担当。すでに廃盤。


(※10)ラテン・クウォーター、空手サイコ
 90年代後半、空手サイコ名義で宅録テクノな作品を3枚発表。その後、高橋透&MOODMAN&宇川直宏のパーティー〈GODFATHER〉の洗礼を受け、ハウス・ミュージックに開眼。04年にLatin Quarter名義によるディスコ~ハウスなアルバム『Light House』(左画像)をリリース。DJとしても精力的に活動中。
(※11)ディスク・ウェーブ
 横浜に存在するCD/レコード・ショップ。ロック店とクラブ・ミュージック店の2店舗がある。

(※12)SHINGO☆西成
 大阪・西成区出身のラッパー。西日本最大のドヤ街があり、多くのホームレスが住む同地の現実を冷徹かつユーモラスに綴った“ゲットーの歌です”で一躍脚光を浴びる。3月16日に待望の1stフル・アルバム『Sprout』をリリース予定。
(※13)Libra
V.A.『Libra Records.-天秤録音-』
 現在のアンダーグラウンドな日本語ラップ・シーンの支柱を担うレコード会社〈Libra Record〉。03年、MSCの漢たちが中心となり設立。MSCやJUSWANNAらが所属している。また、全国規模で開催されているフリースタイル・ラップのバトル大会〈ULTIMATE MC BATTLE〉を主催。左画像は06年にリリースされたレーベル・コンピレーション『Libra Records.-天秤録音-』。
(※14)KING3LDK
 脱線3のDJ兼ラッパー。プロデューサー/トラックメイカーとして幅広く活動しており、UAやRomancrewなど多くのアーティストの楽曲を手掛ける。2005年にPMPM(THE PRIMEMINISTER "PAT" MORITA)名義によるアルバム『A Better Tomorrow』リリース。こちらにはサイプレス上野をフィーチャリングした“NIGHT SHIFT pt.2”も収録。2006年にはプロデュース・ワークをまとめたベスト仕事集的なコンピ『King3LDK Works』(左画像)が発売された。
(※15)ドリームハイツ
 横浜・戸塚区の遊園地〈横浜ドリームランド〉に併設する形で建てられた分譲団地群。サ上とロ吉が幼少より住んでいる。ちなみに、ロ吉の同級生であり、“Bay Dream ~フロム課外授業~”のPVにも出演している浜野謙太(SAKEROCK)も同団地の出身。なおドリームランドは2002年、経営悪化のため閉園。その跡地は公園と墓地(!)になった。

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