No.204 新しい表現が雑誌を生み、シーンを育んだ「プガジャの時代」
2008/06/11
「プガジャの時代」という本が、近く発売される。
〈プガジャ〉とは〈プレイガイドジャーナル〉の通称。関西フォーク~ニュー・ウェイブの全盛期だった1970~80年代、いわゆる情報誌の走りとして大阪のユースカルチャーを引導した雑誌で、漫画評論家の村上知彦さんや音楽ライターのガンジー石原さん(これまた今はなき大阪アンダーグラウンドの伝説的雑誌「G-SCOPE」の編集長だった)といった人々が編集者として参加していたものだ。
71年に創刊され、87年には実質的には終了していたというから、さすがの私もリアルタイムでは読んだことはなかった。初めて存在を知ったのは、川崎ゆきおの原画展パンフレットを作ることになった97年のこと。ガンジー石原さんから、川崎ゆきおがフィーチャーされた数冊を資料として提供していただいた。
あくまで情報誌であることをベースに作られた雑誌だったから(当時はそれが画期的だったのだ!)、構成や切り口自体は、実はそれほど新鮮には感じなかった。とはいえ、まだ〈ビッグ〉になる以前の、井筒和幸、いしいひさいち、ひさうちみちお、中島らも、犬童一心、劇団☆新感線、少年ナイフ、ダウンタウン……といった人たちがゴッチャに名を連ねている様はそれだけでワクワクするものがあったし、彼らと作り手が一緒になって盛り上がってるような無邪気な熱気は、ちょっと羨ましくなるものがあった。
本書は、そんな「プガジャ」の軌跡を、当時の編集者らの証言をもとに振り返ったもの。具体的には昨年、大阪市が主宰する市民講座〈新なにわ塾〉で行われた「プガジャ」に関するトークを元に、全発行物の目次などのデータを加えて編集してある。今の若者よりダンゼン元気なオッさん(賞賛を込めて!)らの〈生の声〉はもちろん、70~80年代の関西を中心とするサブカルチャーが網羅できる膨大な註釈(人名だけでなく〈京一会館〉、〈エッグプラント〉、〈心斎橋2丁目劇場〉、〈扇町ミュージアムスクエア〉といった今はなきハコの名前が泣ける!)も楽しい。
なにより「○○の時代」と名乗ることができる雑誌が今、どれだけあるか……と思うにつけ、「やっぱり、シーンを形成するにはメディアが必要ですよね。メディアが伝えることによって、見えなかったものが浮かび上がってくるみたいな……」というガンジー石原さんの言葉は真摯に受け止められるべき、と思ったりもしたのでした。
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