第11回 電気グルーヴ『A』、COLDCUT『Let Us Play』
2007/10/12 | タグ:COLDCUT 電気グルーヴ
こちらのコーナーでは、OOPS!編集部員が、〈10年前にリリースされたCD〉をネタに、思い出話をとりとめもなく話していきます。当時流行ったジャンルや時代を飾ったアーティスト、その他もろもろのキーワードを放り込み、雑談ライクにこの10年の音楽シーンをぼんやりと総括&再検証いたします。
原田 いやー、うかうかしている間にこの「10年前ドットコム」が3ヶ月も更新できなかった。フェスどころか、夏も終わってとっくに秋になっちゃった。テヘ。
澤田 ひどい! 「テヘ」じゃないでしょ! その間なにやってたかちゃんと説明しないとダメですよ!
原田 んー、これといってなにかしてたわけでもなく。沖縄旅行とか、キャンプとか、そういった夏の行事を楽しんでたくらい。テヘ。
澤田 ……もういいですよ。今回はゲストに若者の片山くんが来る予定ですから、キチっと大人の対応で仕切ってくださいよ。
原田 は~い。
■電気グルーヴ『A』
原田 俺はオールナイト世代だから、電気グルーヴには思い入れがあるなぁ。当時は秋田に住んでいたからニッポン放送が聴きづらくてさ。雑音の中から声を拾って聴いていて、一回聴くのにものすごいストレスが溜まった。で、ちょうどその頃『KARATEKA』が出て、電気グルーヴがなにをやっている人たちなのかを知った、という感じ。
澤田 僕も同じようなもんです。『FLASH PAPA MENTHOL』で電気を知って。オールナイトも聴いてました。厚木は米軍基地があるから、そのせいで電波が悪くて。常にラジオが聴きづらいのは秋田と一緒だったのかなと。
原田 違うだろ(笑)。秋田の場合は、はなっからチャンネルがないんだもん。『A』は、オールナイトが終わってから随分経ってるよね。電気グルーヴが一般的に認知されるきっかけになった“Shangri-La ”が入っているアルバム。手の付けようのない悪ガキって立場から降り始めた時期だった。
澤田 このアルバムは50万枚も売れたんですよ。CDが一般的にも売れている時代という背景もあったと思うんですけど。“Shangri-La ”のシングルだって20万枚売れてたし。紅白に出るかもって言ってたぐらいで。
原田 テレビにもよく出てたよね。この頃石野卓球が、羽をむしられた鶏のゴム人形を持って歌っていて。NHKの番組に出るときにそれがNGになって、じゃあ鶏のもも肉はどうかと提案したらそれもNGで、最終的にはチキンライスを持って出たという話がある。
澤田 間を取ってチキンライスってなんの間なんだって(笑)。
原田 ファンとして誇らしいよ(笑)。まあ、とにかくバンドに対する認識が“Shangri-La ”でグッと広まった感じはあるよね。〈電気グルーヴ=“Shangri-La ”〉って人も多いだろうし。
澤田 それも世代によるのかもしれないですね。僕らの世代だと“N.O.”だと思うし。
原田 それが俺の世代になると、“メカニカル娘”になるわけだ。
澤田 (無視して)なんにせよ、一般的にはこれくらいで電気グルーヴって止まってますよね。この後ってそんなに活動してないですし。コンスタントに出さなくなったし。これが売れたから、ある程度好き勝手な活動をやれるようになったということなのかもしれない。それは年齢も関係しているかもしれなくて、コーネリアスも同じように、97年の『Fantasma』を出してからゆるやかに活動をするようになった。
原田 俺は電気は思い入れがありすぎて話せないな、あんま。
澤田 僕もそうなんですよねぇ……。
(ここで助っ人の片山くんが登場)
片山 今、電気グルーヴってファッショナブルな存在なんですか? さっきHMVに行ったら、きれいなギャルが「(石野)卓球のCDどこだろう?」って言ってて。そんなことになってるとは思いもしなかったんですけど。
澤田 それはWIRE効果じゃない? 卓球が一番スタイリッシュだったのは『Vitamin』の頃だと思う。今はどうでもよくなったというか、おっさんになってる印象があるから。
原田 卓球が薦めた服もあったよね。吉祥寺のShop33で売ってるようなやつ。Gio Goiとかテクノ・ファッションっぽいの。
澤田 ありましたね。僕もアナーキックのTシャツは持ってましたよ。96年あたりのテクノ・バブル期には、ダニエル・プールのサボタージュとか、着てる人を一杯見ました。
原田 話を戻すと、このアルバムが売れた理由って、テクノ・バブルの影響も大きかったとは思うんだけど、一番の理由はやっぱり“Shangri-La ”が入っているからなんだよね。だから、〈テクノの勝利〉みたいな革命的なカタルシスはなかったと思う。
澤田 そういうカタルシスがあったのは、これ以前の『Vitamin』とか『DRAGON』じゃないですか? このアルバムはそんなにテクノ感が強いアルバムでもなかったし。ただ、僕はアルバムとしては一番好きです。あと、3人がバンドっぽく共同作業で作った唯一のアルバムだと思うんです。“Shangri-La ”で使われているシルヴェッティの“Spring Rain”はまりん(砂原良徳)が持ってきたという話だったし。その前は卓球とまりんは完全に分業をしていたし。
原田 生じゃないにしても、肉体感を入れたいと思っているのは伝わってくるし、バランスがいいアルバムだよね。『VOXXX』だとそれが過剰というか、自家中毒っぽすぎるように聴こえる。で、俺はバランスの取れていない『VOXXX』が一番好きなんだけど。そういえば、『A』に入っている“ガリガリ君”は、ピエール瀧がTVブロスでやっていた連載「屁で空中ウクライナ」で赤城乳業に取材で行ったとき、偉い人に「うちの曲も作ってよ」って軽く言われて本当に作った曲らしいよね。
澤田 「屁で空中ウクライナ」は、どうでもいい地方のレジャー施設に平日行って写真を撮って帰ってくるという内容で。内容が素晴らしいのでぜひ読んでほしいですね。ピエール瀧の最高傑作だと思います。
原田 あー、もう時間だ。『A』について語るのはここまで。
片山 えっ。2人とも周辺情報だけで、全然『A』のこと話してないじゃないですか……。僕も全然話す時間がなかったし……。
原田 いいじゃん。次のアルバムで沢山話してよ。






















